失われなかった10年
〜正しき評価論は人生を豊かにする〜
 成果主義が何の脈絡もなく、相変わらずの右にならえで始まってから約10年。給与の制度だけは、どこも似たような成果主義賃金になってきました。しかし、これは理屈と形式の問題。算数が多少出来る人なら誰でもどこでもできるお話です。

 評価の形式だけはもっともらしく整えたものの、それで人の心の変革はできたのでしょうか? 評価する人と組織は、それでどれだけ変わったのでしょうか?

「平等と右肩上がり」、「拠らしむべし、知らしむべからず」に慣れきった人々は、「差別とお金の為の評価」で大混乱。そして、それが原因で嫌気と意気消沈の『失われし10年の図式』が拡がり定着していったのではないでしょうか。

 私共がお付き合いしている企業はいずれも、「評価は人材育成の為に行なう」との信念をもって愚直に進んできました。つまり…
と、きわめて当たり前の進化を遂げてきているのです。

 そして、企業の業績においても、人事システムの満足度においても、失われし10年で沈んでしまった企業と当たり前の進化をしてきた企業との間では、取り返しのつかない程の大きな差がついてしまいました。

「お金に差をつける為の評価」と、「人材育成の為の評価」。この出発点のあり方の相違が、10年の月日を経て「失われし10年」と「失われなかった10年」の大きな差につながってしまったのです。